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東京地方裁判所 平成5年(ワ)20478号 判決 1996年3月18日

主文

一  被告は、原告に対し、金四五七五万一〇〇〇円及びこれに対する平成三年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金九三七三万八七一〇円及びこれに対する平成三年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争点

本件は、原告と被告との間で土地建物の売買に関する基本協定が締結され、双方で準備を進めてきた後、被告が右売買契約の締結を拒否したことから、原告が、右は契約締結準備段階にある当事者として信義に反する不法行為であると主張して、被告に対し、損害賠償を請求した事案であり、争点は、被告の右行為が不法行為に当たるかどうかである。

二  前提事実

1 原告は、建設工事の請負施工、地域開発にかかる調査研究の受託、コンサルティング業務及び不動産の売買などを主たる業務とする株式会社であり、被告は、マンション、一般住宅等の分譲等を主たる業務とする株式会社である。

2 平成二年九月一八日、原告被告間で次の内容を含む土地建物売買に関する基本協定が締結された(甲第四号証。以下「本件基本協定」といい、その後の原告被告間の交渉全体を「本件取引」という。)。

(一) 原告は、その所有する土地(大宮市日進町三丁目三二番一ないし三、同所三三番一ないし三の計六筆、以下「本件土地」という。)上に、マンションを建築し(以下右マンションを「本件マンション」といい、本件土地と合わせて「本件土地、マンション」という。)、被告に対し、本件土地、マンションを二六億八〇〇〇万円で売り渡し、被告はこれを買い受ける。

(二) 右売買契約は、本件マンションの建築確認が下付され、国土利用計画法(以下「国土法」という。)二三条一項による土地売買等届出の提出から六週間経過後又は不勧告通知受理後、速やかに締結する。

(三) 被告は、設計変更、仕様変更を行うことができるが、原告が大宮市中高層建築物等指導基準に定める標識を設置した後は、建物の外観形状の変更等の近隣説明に影響する設計変更は行わないものとする。

(四) 被告が設計、仕様の変更をした場合において、建築費が著しく高騰したときは、原告被告協議の上売買代金を修正し、建築確認取得時に本件マンションの専有面積が増減したときは、専有面積一坪あたり、金二三九万五〇〇〇円にて売買代金を増減する。

3 原告は、三井不動産建設株式会社(以下「三井不動産建設」という。)の一〇〇パーセント子会社であり、本件取引においても、三井不動産建設の従業員が、原告における担当者として行動していた。

4 本件基本協定締結後、原告と被告とは本件マンションの設計等に関して打合せを重ね、原告が依頼した一級建築士によって、本件マンションの設計作業が進行していた。

平成三年五月一〇日には、原告によって、本件マンションの建築確認申請がされた。

5 被告は、原告に対し、平成三年五月三〇日付け書面(「大宮市日進町における土地建物売買に関するお願い」と題する書面)により、本件マンションについて、従前、原告被告間で交渉されてきた設計、単価とは異なる設計、単価によることを要請したが、同年七月一一日、原告は、右要請を拒否し、従前の交渉内容に従った履行を要求した。同月一七日、被告は、本件基本協定を破棄したいとする書面を原告に送付した。

三  原告の主張

1 原告は、本件基本協定の趣旨に従って、誠実に、協定上の義務を履行し、被告からの実施設計の全面的変更を伴う本件マンションの設計変更の申し出に対しても、一度は、原告の負担で被告の要望のとおり設計変更を行い、被告は、原告に対し、今後一切設計変更のないことを確約した。

ところが、被告は、右変更後の設計作業が終了し、売買契約の締結を行うべき直前である平成三年五月になって、本件基本協定に違反して、本件マンションの一部を五階建から四階建てに変更するなど、再び、設計の大幅な変更や近隣説明、許認可にも影響を及ぼす変更を求め、また、代金の減額を求めた。この平成三年五月の被告による設計、単価の変更の要請は、本件事業自体を白紙にするために持ち出されたもので、何ら合理性はない。したがって、本件基本協定を破棄した被告の行為は、契約準備段階にある当事者間の信義に反する違法な行為であり、これにより、本件基本協定に対する原告の期待権が侵害された。

2 被告の違法な行為によって原告が被った損害は、以下のとおり、計九三七三万八七一〇円である。

(一) 本件の基本計画の作成、建物の基本設計・実施設計料 五〇四一万円

(二) 開発本申請印紙代 九万一〇〇〇円

(三) 電波障害事前調査費 二五万円

(四) 確認手数料 一八万円

(五) 草刈り工事費 四八万五〇〇〇円

(六) 金利 四〇四二万六四八九円

(ただし、本件土地売買代金及び諸手数料などの借入金元金五億八一六一万八七七九円に対する平成二年九月一八日から同三年二月二八日までの年利八・三五パーセントの割合による金員及び右元金に対する平成三年三月一日から同年七月一七日までの年利八・四〇パーセントの割合による金員の合計額)

(七) その他諸費用 一八九万六二二一円

四  被告の主張

1 平成三年五月の被告による設計、単価の変更の要請は、内容、時期とも合理的なものであって、原告被告間の信義に反するものではない。

当時、不動産不況の兆候が現れており、販売を容易にするため、建物の一部の階数を減らすなどの内容の設計変更を要請することは合理的であり、かつ、この設計変更が本件基本協定に反することはない。また、単価の変更についても、本件基本協定の価格は当時の国土法の不勧告価格の見込みに基づくところ、その後の地価下落により、監督官庁の指導に基づく不勧告価格の見込み額も低下したので、被告の提示した価格は合理的であり、本件基本協定では監督官庁からの指導後でさえ価格の協議ができることとなっていることからも、その前の平成三年五月に価格変更の協議を要請したことは合理的である。

そして、平成三年五月は、まだ本件マンションの各戸の間取りは確定せず、実施設計を行うことは不可能な段階であったから、右時期に被告が右内容の変更を要請することは、原告被告間の信義に反するものではない。原告が被告の要請に対応できなかったのは、原告が被告の意向を全く無視して独断で設計を進めていたことによる。

なお、原告の方こそ、被告の設計、単価変更の要請を受けながら、これに誠実に対応せず、被告を無視して建築確認を行い、他方で、正式に本件基本協定が破棄されていないにもかかわらず、本件土地等について第三者向けのパンフレットを作成するなど、信義に反する行為があった。

2 原告には損害が発生していない。

原告は、本件基本協定破棄後、本件土地に、自らが事業主となってマンションを建設し、これを販売した。このマンションは、本件マンションの開発許可、公告前建築等承認、建築事業適合の通知、建築確認を流用している。また、特に建築確認番号が流用されていることから、本件マンションと被告が建築販売した右マンションとは設計上同一のものである。

したがって、原告の主張する損害のうち、(一)ないし(四)、(六)は、新マンションの販売により回収されていて原告に損害はない。同(五)は、土地所有者としての原告がこれを行うのは当然で、被告の行為との因果関係のある損害とはいえない。

第三  当裁判所の判断

一  前記前提事実及び《証拠略》を総合すると以下の事実が認められる。

1 原告は、建築工事の請負施工、不動産の売買等を行う株式会社であり、被告は、マンションの分譲等を行う株式会社である。

また、原告は、三井不動産建設の一〇〇パーセント子会社であり、実際には、三井不動産建設の従業員が、その業務を行っていた。

2 原告は、平成元年四月一九日、五億四〇〇〇万円で本件土地の所有権を永瀬節子から取得した。

原告は、本件土地上に、右売買を原告に紹介した一級建築士の斉田繁雄(以下「斉田」という。)に設計を依頼してマンションを建築した上(建築は三井不動産建設)、本件土地、マンションを一括して第三者に売却することを計画し、平成元年一〇月ころには、株式会社大王製紙と交渉を持ったが、成約に至らなかった。

3 平成二年六月ころ、本件土地等の売買について被告から引き合いがあり、同年六月二二日、被告は、原告に対し、本件土地、マンション(RC造、地上五階建、総戸数五二戸を予定)を被告が買い受ける旨の買付証明書を交付した。右買付証明書においては、取引形態は専有床売買、価格は二六億三〇〇〇万円、本物件の仕様変更などによる価格の変更については別途協議の上決定する、国土法の届出価格は一坪当たり二七六・八万円とするなどとされていた。

これに対し、原告は、検討の末被告と取引をすることに決定し、同年七月四日、本件土地、マンションを被告に売り渡す旨の売渡証明書を発行した。右売渡証明書においても、取引形態は専有床売買、売買価格は二六億三〇〇〇万円、本件物件の仕様変更などによる価格変更については別途協議するなどとされており、また契約締結時期は国土法所定の手続完了後別途協議によるとされていた。

以上の結果、原告と被告との間では、本件土地上に、原告が被告の要望に従った建物(本件マンション)を設計、建築し、本件マンションの専有床面積に従って定められた代金で、本件土地、マンションの売買契約を締結する(専有床売買)ことが予定され、その締結時期は、国土法との関係で、原告が本件マンションの建築確認申請を行ってその確認を得、国土法二三条の届出等の所定の手続が完了した後に締結することとされた。

4 本件マンションは、右3のとおり、被告の要望に従い、原告が設計、建築することが予定されていたので、原告は、三井不動産建設に本件マンションの設計を委託し、三井不動産建設は、斉田に本件マンションの設計を委託することにしていた。平成二年七月二七日、三井不動産建設の従業員で、本件取引の担当である岡田健次(以下「岡田」という。)、被告の従業員で本件取引の設計についての担当である安井淳二(以下「安井」という。)、斉田などが集まり、打合せが行われ、今後は、必要に応じ、安井など被告の設計担当者と斉田が直接連絡をとって、本件マンションの仕様、設計について協議していくことになった。なお、同年八月ころからは、被告において、企画、開発を担当する花崎雅一(以下「花崎」という。)も、本件取引を担当するようになった。

原告は、当初、本件土地上に社宅仕様の建物を建築することを考えており、斉田も、前記同年七月二七日の打合せには、株式会社大王製紙との交渉で作成した図面を基にした建物平面図を持参したが、被告は、本件マンションの分譲を考えていたため、本件マンションについては、社宅仕様ではなく、被告の従来の分譲マンションシリーズであるグリーンキャピタルシリーズの仕様により、設計、建築がされることになった。

被告は、同年八月初めころ、原告に対し、マンション外面をタイル貼り仕様に変更すること、戸数を五七戸に変更すること、マンションの間口の長さを変更すること、スロープパーキングの削減などでコストアップを最小限にすることなどを依頼し、斉田は、被告の要望に従って、平面図を作成し、右平面図は被告に送付された(二枚)。被告は、右平面図について、特に異議は述べなかった。

5 平成二年九月一八日、原告と被告は、本件土地、マンションの売買に関する基本協定を締結した(本件基本協定)。

本件基本協定においては、前提事実のとおり、本件土地、マンションを合計した売買代金は二六億八〇〇〇万円とされ、本件基本協定三条で、国土法二三条一項の届出から六週間経過後又は不勧告通知の受理後、速やかに本件土地、マンションの売買契約を締結するものとされ、同四条二項で、原告が大宮市中高層建築物等指導基準に定める標識を設置した以降、本件マンションの外観形状の変更等の近隣説明に影響する設計変更は行わないものとされ、同五条四項で、国土法の届出により、専有面積一坪当たり二八三万三〇〇〇円以下の価格の指導を受けたときは、売買価格について、原告被告は誠意をもって協議することなどが定められた。なお、本件基本協定は、別添計画図面、仕様書の添付を予定していたが、協定締結日には、これらは添付されなかった。

同年九月二〇日ころ、被告は、原告に対し、グリーンキャピタルシリーズの標準仕様書を送付し、原告は、社内においてその内容を検討し、同月二一日、オートロックのシステム等コスト的に割高な仕様について変更を求めたが、同月二一日、被告は、一部については、別途に代金を支払うとして、あくまで被告の仕様で行うよう原告に伝えた。

同年九月二六日、原告は、右標準仕様書のやりとり等により本件マンションの仕様を確定し、本件基本協定に添付されることになっていた計画図面(各階平面図、立面図、断面図、床面積図、日影図など計一〇枚)・標準仕様書、仕様変更に伴う見積書(代金額二五〇〇万円。なお、この額については、原告被告間で合意が成立していた。)を被告に交付した。右計画図面の平面図は、同年八月に被告に送付した平面図とほぼ同じものであった。また、各戸の全体の形状は、長方形であり、その各戸の長辺部分の中央付近には柱(以下「中柱」という。)は記載されていなかった。

斉田は、本件マンションの仕様、設計等が固まったことから、同年九月二六日以降、被告の担当者と打合せを行いながら、実施設計(意匠設計、構造設計、設備設計)を開始した。

6 平成二年一〇月八日、実施設計のうち、まず、意匠設計を行うため、岡田、斉田、安井、花崎が間取りの打合せを行い、以後、被告の設計担当者と斉田は、同年一〇月中に数回にわたって打合せを行った。

同年一一月六日、安井は、被告社内において、斉田作成の平面図(中柱のない図面)を添付して、平面プランを決定するための稟議を起案し、間取りを3LDKにできないか、壁量を少なくできないかなどの指摘を受けたが、同年一一月一五日、被告社内における決裁を受けた。安井は、間取りを被告企画部内で打ち合せるなどし、右指摘等を斉田に伝えた。

同年一一月二八日ころ、斉田は、これら被告の要望に従って平面図を作成し、これを被告に送付した。この図面には、中柱が記載されていた。同年一二月一日、安井は、この図面に、配置の参考等としてTEL台、下足入れなどと書き込んで、これを原告にファックスで送付した。

その後、斉田は、実施設計を進め、同年一二月には、意匠設計を完成させ、そのころ、右の平面図を被告に交付した。これらの図面では、各戸に中柱が記載されていた。

また、意匠設計完成後、設備設計、構造設計が開始され、同年一二月一四日には、構造計算が終了し、実施設計は、平成三年一月一五日ころに完成した。

7 安井は、原告から交付を受けた図面上本件マンションの柱、壁等に変化があったため、平成三年一月一七日付けで、中柱のある図面を添付して、被告社内における稟議を起案したが、同月二五日付けで、柱の数が多く過剰設計である、地下の設計室の換気、駐車場の台数増に検討の余地があるなどの指摘を受け、右平面プランによる稟議は、被告社内で却下された。

被告は、同年一月二三日、原告に対し、被告社内文書を示し、中柱の削減等を強く要求した。

斉田は、中柱を削減すると建物の強度が低下するなどとして、削減に反対したが、被告の要求が強いことなどから、原告は、同年二月一〇日ころには、中柱を削除して設計を行うことを決定し、同月二六日、岡田、斉田、安井などが集まり、正式に、中柱を削除することが決定され、斉田は、右に基づき、中柱を抜いて設計を行い、平成三年三月八日ころには、設計変更後の意匠設計の図面が完成した。

また、右意匠設計に基づいて改めて構造設計、設備設計がされたが、右経緯から、構造設計全体については原告が行うが、構造計算については、構造計算専門会社であるアド構造設計株式会社が行うことになった。

同月一三日、安井は、意匠設計の完成と、次の段階の設計を行うことを了承した。

同月二六日、被告は、斉田に対し、本件マンションの外観(マンション塔屋の看板の文字の配置案など)に関する図面をファックスで送付した。

8 他方、原告は、平成二年九月二八日に、近隣住民に対して建築計画等を知らせる標識(お知らせ看板)を設置し、その後近隣住民に対する説明を行った上、大宮市中高層建築物等に関する指導に基づき、平成二年一〇月三一日、建築事業計画について大宮市に申請を行い、平成三年二月六日、右計画が適合している旨の通知を得た。また、同年一二月二八日、都市計画法二九条に基づく開発行為の許可申請を行い、平成三年一月二四日、右許可を得た。

9 平成三年四月二五日ころ、原告の担当者、被告の水野取締役、花崎が出席した会合で、設計変更後の図面に基づき、建築確認申請がされること、今後設計変更がないことが口頭で合意された。

同月三〇日、アド構造設計株式会社に委託していた設計変更後の構造計算が完了し、原告は、同年五月七日ころには、構造設計書及び構造設計図面を入手し、同月九日ころこれに対する原告の最終チェックが終了した。

10 平成三年五月八日、被告は、原告に対し、本件マンション等の価格変更、設計変更を口頭で要請し、原告は、右要請を書面で行うよう述べた。

被告は、前提事実記載の同月三〇日付け書面を原告に送付し(同年六月三日被告に到達)、「昨年一〇月よりの不動産業界の不況」を理由に、専有面積一坪当たり二一〇万円で売買を行うこと、現在は総五階建のプランであるところ、南棟を四階建とし、エントランス・電気室・受水槽棟を変更することを要請した。

原告は、被告の提案を社内で検討した結果、右要請に応じると、実施設計を再び大幅にやり直す必要があることなどの理由から、応じることはできないということになり、同年七月一一日、被告に対し、本件基本協定に従った履行を要求した。

被告は、同月一七日、被告の要請が受け入れられないこと、業界を取り巻く環境は一段と厳しく、営業上無理であることなどを理由として、本件基本協定を破棄したいとする書面を原告に送付した。

11 それに先立つ平成三年五月一〇日、原告は、本件マンションの建築確認の申請をし、同年六月二〇日には右確認がされていた。

一方、同年五月から六月にかけて、原告は、本件土地上のマンションを販売するため、物件の価格を二四億六〇〇〇万円とするなどの内容の物件紹介書を作成した。なお、右物件紹介書(パンフレット)を原告が第三者に対して提示したのは、同年七月一七日以降である。

12 原告は、被告から本件基本協定を破棄したい旨の通知受領後、原告の出捐した費用の清算を被告に求めていたが、話が進まないため、自社で本件土地上にマンションを建築してこれを販売することとして、三井不動産建設の分譲マンションの仕様であるパークホームズ仕様によって、マンションの設計、建築を行い、平成五年ころ、新大宮パークメゾンとしてこれを販売した。

右マンションは、建築確認の番号については、右11でされた本件マンションに対する建築確認の番号が流用されたが、間取りや階段、エレベーターの位置等は本件マンションとは異なっている。

原告は、新大宮パークメゾンについても、斉田に設計を依頼し、斉田は新たに設計を行い、三井不動産建設は、本件マンションに関する設計費用(後記三記載)とは別に、斉田に対し、計三〇〇〇万円を支払った。

二  原告は、右一10のとおり、被告が、平成三年五月設計変更、金額変更を要請し、次いで、同年七月本件基本協定を破棄したことは、原告被告間の信義に反する行為で、違法性を有すると主張する。

1 ところで、一般に、後日正式の契約(以下「本契約」という。)を締結することを目的としてその間にそれぞれのなすべき義務を定め、これを履行することを合意した場合、当事者においてその合意で前提としていた事情の変更があり、本契約締結の前提が欠けた場合とか、本契約を締結することが著しく不合理な結果となるなどの正当な理由がある場合、又は本契約の締結を強制することが、一方を他方と比較して極めて酷な状態に陥らせ、契約における公平の原則にもとることになるなどの特段の事情のない限り、当事者は、本契約の締結実現に向けてその準備段階に入ったことによる信義則上の義務として、右合意に定められた義務を誠実に履行すべきであり、かつ、本契約締結の条件が整い次第本契約を締結すべき義務があるというべきである。そして、このことは、一方が右合意で定められた義務をほぼ履行し終わった段階においては、他方は、より強く自身の義務の履行を要請されるものというべきである。

2 右一の経緯によれば、本件基本協定は、国土法の手続終了後に売買契約(本契約)を締結することを目的として、その準備段階においてされた合意である。本件取引においては、右一で認定したとおり、本件土地上の建物について被告の要望に従って建築されることになり、原告は、約八か月間にわたって被告と数多くの打合せを行って被告の要望に従った設計作業を行い、特に、一度設計作業がほぼ完了したにもかかわらず、被告の意向に沿うよう大幅に設計作業をやり直し、これを完成させており、これらに伴い、原告はかなりの額の出費をしている。また、右設計変更後に再度の設計変更がないことを当事者間で確認しており、その間、原告は、近隣住民に対する説明、大宮市に対する建築事業計画の適合通知申請、開発行為の許可申請、建築確認申請などを行っているものである。

これらの事実によれば、当事者双方は、本件土地、マンションの売買契約の締結に向けて誠実に努力する義務を負っており、原告は、そのために自己がなすべき義務をほぼ被告の要請に沿った形で履行してきているのであるから、被告は、前記正当な理由ないし特段の事情(以下「正当な理由等」という。)のない限り、本件土地、マンションの売買契約に応ずべき信義則上の義務があり、正当な理由等もないのに、本件基本協定を破棄し、売買契約の締結を拒否することは、信義則上の義務に違反し、原告に対する不法行為として、被告は、原告の被った損害について賠償する責任を負うというべきである。

3 そこで、被告に右正当な理由等があるか否か検討する。

被告は、平成三年五月の被告による設計等の変更要請は、内容、時期ともに合理的で、理由があるにもかかわらず、原告がこれに一切応じなかったため本件基本協定を破棄したもので、これは、被告に正当な理由等があるから、不法行為に当たらず、被告には責任がないと主張する。

しかし、被告は、建物の一部の階数を変更することについて、これは、不動産市況の悪化から売りやすいマンションを作るためのもので、正当な理由があると主張するものの、右再度の設計変更の要請は、被告の意向に沿って中柱を抜くという大幅な設計変更が設定されたわずか三か月後であること、平成三年四月には、それ以上設計変更はないことが当事者間で確認されていることなどに照らすと、右内容の変更の要請が正当な理由を有するとはいえない。

また、被告は、被告の設計等の変更要求は、未だ本件マンションの間取りも確定しておらず、実施設計が行われていない段階でされたものであるから許されると主張する。しかし、右一で認定したとおり、被告の右要請時には、実施設計はほぼ完了していたこと(平成三年五月一〇日には建築確認申請がされている。)、被告取締役も含めた被告の担当者は、右進行状況を十分認識した上で原告との交渉を行っていたと考えられること、仮に、被告において、間取りに関し社内の決裁がおりていなかったとしても、それは被告内部の事情にすぎず、原告との関係では、被告の担当者において、右設計が進行していることを前提として行動していることなどを考慮すると、被告の設計変更の要請に正当な理由があるとはいえない。

また、被告は、不動産不況から単価の変更を求めることには正当な理由があると主張するが、前認定の事実に照らすと、本件においては、被告主張事実をもってしては未だ単価変更を求める正当な理由に当たるとは認められない。

したがって、平成三年五月の段階で、建物の階数を減らすなどの設計変更や単価変更を被告が要請したことは、正当な理由があるものとはいえず、他に被告が本件基本協定を破棄したことについて正当な理由等があるとは認められないから、結局、被告は、契約準備段階における信義則上の義務に違反し、本件基本協定を破棄したことは、違法であり、原告に対する不法行為に当たるというべきである。

三  損害

1(一) 《証拠略》によれば、平成二年一〇月七日、原告は三井不動産建設に本件マンションの設計業務等を発注したこと、同年一〇月、三井不動産建設は、斉田に本件マンションの設計等を委託し、斉田に対し、設計業務に対する報酬として、平成二年一〇月に一五〇〇万円を、平成三年七月ころに二六〇〇万円をそれぞれ支払ったことが認められる。

原告は、少なくとも右の設計報酬額相当の金員を三井不動産建設に支払う義務があるのであるから、右合計四一〇〇万円は、被告の違法行為により原告の被った損害といえる。

(二) 《証拠略》によれば、三井不動産建設は、アド構造設計株式会社に、構造計算の費用として四四一万円を支払ったことが認められ、これは、原告が三井不動産建設に支払う義務がある金員であるから、右四四一万円も、被告の違法行為により原告の被った損害といえる。

(三) 《証拠略》によれば、原告は、大宮市に対する開発本申請のための印紙費用として九万一〇〇〇円(損害(二))を、本件マンションの電波障害事前調査費として株式会社ピイエイシステムに対し二五万円(損害(三))を支払ったことが認められ、これは、被告の違法行為により原告の被った損害といえる。

2 原告は、他に設計費用として、三井不動産建設が、斉田に対し、平成二年四月二七日に支払った五〇〇万円が損害であると主張するが(損害(一)の一部)、これは、原告被告が交渉する前の設計等に関するものであり、被告の行為とは因果関係があるとは認められない。

また、原告は、確認手数料の一八万円(損害(四))が損害であると主張するが、建築確認については、本件マンションに関して申請されたものが、後に原告が分譲した新大宮パークメゾンにも流用されているので、右手数料に関して、原告に損害が生じたとは認められない。

草刈り工事費である四八万五〇〇〇円(損害(五))は、原告が土地所有者として出捐した金員であり、被告の行為との間に因果関係があるとはいえない。

さらに、原告は、本件土地売買代金及び諸手数料などの借入金に対する金利である四〇四二万六四八九円(損害(六))が損害であると主張するが、本件土地購入が借り入れによってされたとしても、それは、被告との交渉以前の原告自身の必要性からされた借り入れであり、被告との交渉の結果、借り入れを行ったものではないから、被告との交渉期間中の金利相当部分が、被告の違法な行為によって原告が被った損害であると認めることはできない。

諸費用としての損害一八九万六二二一円(損害(七))については、その内訳等について具体的な主張、立証がなく、これを認めることはできない。

3 被告は、原告の損害(一)ないし(三)について、原告は本件土地上に本件マンションと同一の設計による新大宮パークメゾンを建築し、分譲しているので、これらの損害はないと主張する。しかし、右一で認定したとおり、新大宮パークメゾンは、本件マンションとは、別の設計に基づくものであることが認められ、また、本件マンションに関する開発本申請費用、電波障害事前調査費用が新大宮パークメゾンに用いられたことを示す具体的な立証はないから、この点に関する被告の主張は認められない。本件マンションに関する建築確認申請の番号は、新大宮パークメゾンにおける建築確認にも用いられているが、《証拠略》によれば、設計が異なる場合でも、建築基準法の解釈によって、従前の建築確認申請の番号を使用することが可能であることが認められ、右一12などの事実に照らしても、本件マンションの設計と新大宮パークメゾンの設計が同一であるとは認められない。

4 よって、被告の違法な行為によって原告が被った損害は計四五七五万一〇〇〇円である。

第四  結論

よって、原告の請求は、被告に対し四五七五万一〇〇〇円及び不法行為日の後である平成三年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎 恒 裁判官 窪木 稔 裁判官 柴田義明)

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